国連食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所長の日比絵里子さんにお話を伺いました。ロータリー財団奨学生としての留学経験をきっかけに国際社会への道を歩み始めた日比さんは、その後30年以上にわたり国連機関で活躍されてきました。現在は、世界の食料安全保障や持続可能な農業の推進に取り組むFAOにおいて、日本と世界をつなぎ、世界の課題に向き合っています。 インタビューでは、ロータリーとの出会い、忘れられないホストファミリーとの交流、国連で学んだこと、そして次世代へのメッセージについて率直に語っていただきました。
自己紹介と現在のお仕事について教えてください。
現在、国連食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所長を務めています。
FAOは、世界の食料安全保障の向上、栄養改善、持続可能な農業や農村開発、天然資源の保全などに取り組む国連の専門機関です。世界中の人々が十分な食料を得られる社会を目指し、各国政府や研究機関、民間企業、市民社会などと連携しながら活動しています。
私たちの仕事は単に食料の問題を扱うだけではありません。食料の問題は、人権や環境、気候変動、そして平和とも深く結びついています。私はよく「人権なくして平和なし、環境なくして平和なし」とお話ししますが、それと同じように「食料なくして平和なし」だと思っています。
十分な食料が得られなければ、人々は安心して暮らすことができません。また、気候変動や環境破壊が進めば農業生産にも大きな影響が出ます。食料問題を考えることは、結果として平和や人権、環境について考えることにもつながるのです。現在、世界では約7億人の人々が十分な食料を得られない状況にあると言われています。一方で、世界全体で生産される食料の量だけを見れば、本来はすべての人が食べられるだけの食料は存在しています。つまり問題は単純な生産量不足ではありません。紛争や貧困、経済格差、気候変動など、さまざまな要因によって食料へアクセスできない人々がいるのです。そのためFAOでは、農業生産の向上だけではなく、持続可能な食料システムの構築や、気候変動への対応、農村開発などにも取り組んでいます。
駐日連絡事務所長としての私の役割は、日本とFAO本部をつなぐ窓口になることです。FAO本部で議論されている国際的な課題や最新の知見を日本に紹介すること、そして日本の優れた技術や経験、政策などを世界へ発信する橋渡し役を担っています。私はこれまで30年以上にわたり国連機関で仕事をしてきました。その間、ローマのFAO本部をはじめ、アジア・中東地域など、さまざまな場所で勤務する機会に恵まれました。長く国際機関で働いてきて感じるのは、食料問題は単に「食べ物」の問題ではないということです。食料は人権とも関わっていますし、環境問題や気候変動とも深く結びついています。平和について考えるときも同じです。平和は戦争がない状態だけを意味するのではなく、人々が安心して暮らし、食べ、学び、将来への希望を持てる社会であることが大切だと思っています。こうした課題に少しでも貢献したいという思いで、現在仕事に取り組んでいます。「食料」、「人権」、「環境」、「平和」はそれぞれ別の課題のように見えますが、実際にはすべてがつながっています。そのつながりを意識しながら、少しでも持続可能で平和な世界の実現に貢献したいと思っています。

ロータリーとの出会いが人生を変えた
ロータリープログラムに応募したきっかけを教えてください。
私は神戸市で生まれましたが、父の転勤の関係で幼い頃から海外で暮らす機会がありました。新しい場所へ行くことや異なる文化に触れることが自然な環境だったので、国際的な仕事への抵抗はあまりなかったように思います。
大学時代には環境問題や食料問題に関心を持ち、NGO活動にも参加しました。今振り返ると、その頃から現在の仕事につながる関心が育まれていたのだと思います。上智大学在籍中から環境問題や開発援助に関心があり、将来は海外で学びたいと思っていました。ロータリー財団奨学金に応募したのですが、実は最初は補欠合格でした。そのためイギリスの大学院へ自費で進学を決めて渡英していました。ところがイギリスの入学後繰り上がりのお知らせをいただき、翌年国際政治学で有名なジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)へ進学することになりました。
当時は目の前のことで精一杯でしたが、今振り返ると、あの時のロータリーとの出会いが人生の大きな転機だったと思います。アメリカで学ぶ機会をえられた事がとても大きな転機になりました。若い時に与えられる「機会」というのは、本当に貴重です。ロータリーからいただいた奨学金そのものもありがたいのですが、それ以上に「私の可能性を信じてもらえた」ということが大きかったように思います。
大学院卒業後、銀行や新聞社の仕事をいくつか経験し、やはり国連で働きたい思い1995年4月にニューヨークの国連に入りました。アメリカの大学院に行っていなかったら、奨学金というチャンスが巡ってこなかったらイギリスに残りまた違った人生だったかもしれません。
国連で働くためには修士以上取得が必須条件です。私のように国連で長くキャリアを続ける職員もいれば、一度外部団体、官公庁や民間機関で働き、また自国で経験を積んだのち、国連に戻ってくる道を選択するスタッフも多いです。非正規職員も多く働いており、国連で経験を積み、次のキャリアへ繋げている人もいます。
出張も多く世界中を飛び回っているイメージだと思われるかもしれませんが、赴任地や年によって様々です。昨年は大阪万博関連も多く、登壇やイベント司会、グッズ配布も担当しました。また大学、各種機関と連携し講座登壇も積極的にしております。出張移動は基本自力で行うのですが、大洋州赴任中、ハワイのトランジットでは空港外に出されてホームレスの方と話しながら朝を待ったことなども思い出深いです。

様々な種類のバナナが見えます。
写真:FAOサモア事務所
ロータリープログラムで印象に残っていることを教えてください。
ワシントンに到着した時、ホストファミリーが温かく迎えてくださいました。
ご主人は銀行員、奥様は専業主婦の家族構成でした。第二次世界大戦を経験された世代で、ご主人は従軍経験もありました。私の父も戦争を経験した世代だったので、戦争や平和について話をする機会がありました。また、昔の写真を沢山見せていただいたり、アメリカの生活について教えていただいたりして、教科書では学べないことをたくさん学びました。地元ロータリークラブの歓迎会では世界各国から集まった奨学生とも出会いました。ドイツやスウェーデンなど、さまざまな国から来た仲間たちと交流した経験は、その後の国際的な仕事にもつながっています。
残念ながら私が卒業後、ワシントンDCを離れてしまい、ホストファミリーとは連絡が取れなくなり、のちに高齢者施設にご入居されたと聞きました。今のようにSNSが発達していたらもっと交流ができたのにと残念に思います。日本のスポンサークラブの東京城西ロータリークラブへは帰国報告会でクラブにお伺いさせていただき、アメリカでのご報告とクラブへの感謝を直接お伝えする機会をいただきました。その時の例会卓話が落語家の方でとても面白いお話しのあと、私の拙いご報告をさせていただいた事を今でも覚えております。
見ず知らずの留学生を家族のように受け入れてくださったホストクラブ・ホストファミリーへの感謝は、今も変わらず、心の底から感謝の気持ちで一杯です。
ロータリー体験は現在の活動にどのような影響を与えていますか。
国連には本当にさまざまな国の人たちがいます。若い頃は国籍や文化の違いを意識することもありましたが、長年働いてきて感じるのは、結局は「どこの国の人か」よりも「どんな人か」の方が大切だということです。同じ国の出身でも考え方は全く違いますし、反対に国籍が違っても価値観が近い人もいます。ですから私は、国籍よりも個人を見るようになりました。誠実かどうか、人を尊重できるかどうか、一緒に働けるかどうか。そうしたことの方がはるかに重要です。また、国連では多様性が大切だと言われますが、多様性とは単に国籍の違いではありません。一人ひとりが異なる経験を持ち、異なる人生を歩んできています。その違いを尊重しながら協力することが大切なのだと思います。少し不思議に聞こえるかもしれませんが、私は「直感」「動物的な感覚」も大切にしています。長年さまざまな国で仕事をしていると、この人は信頼できそうだとか、この場面では慎重になった方が良さそうだとか、理屈だけでは説明できない感覚が磨かれていきます。そうした感覚も含めて、人と人との関係を大切にしてきました。

ボートに乗って現地入りしたところ
写真提供:FAOサモア事務所
ロータリーに期待することを教えてください。
ロータリーの大きな強みは、世界中に広がるネットワークを持っていることだと思います。しかも、若い世代からベテラン世代まで幅広い人たちが関わり、さらに民間企業で活躍されている方が数多く参加している。これは実は非常に大きな意味を持っています。今、世界が抱える課題を解決するためには、公的機関や国際機関だけでは限界があります。むしろ新しい技術や革新的な発想は、民間企業から生まれることが多いのです。私たち国際機関は課題を認識し、政策や枠組みを作ることはできます。しかし、実際に社会を変える技術やイノベーションを生み出す力は、民間企業が持っていることが少なくありません。その意味で、ロータリーにはさまざまな職業や世代の人たちが集まり、一緒に考え、新しい解決策を生み出せる可能性があります。また、若い人たちを励まし、力づけるプログラムも数多く持っています。国や国際機関だけではできないことを、ロータリーだからこそ実現できる。そのダイナミックな力や地域に根ざして政治色を持たずに奉仕活動を展開されていることに私は大きな期待を持っています。自身もそうした機会をいただいた一人として、これからも若い人たちの挑戦を支えていってほしいと思います。
これからロータリーに関わる後輩たちへメッセージをお願いします。
若い時代にロータリーのような世界平和という理念を掲げる組織と関わることができるのは、本当に貴重な経験です。若い時代に得られる「機会」は本当に貴重です。だからこそ、その時間、一瞬一瞬を大切にしてほしいと思います。今振り返ると、もっと一つ一つの出会いや経験を味わえばよかったと思うこともあります。また、平和について考える時には、戦争や紛争だけではなく、人権や食料、環境といった課題にも目を向けてほしいと思います。そして何より、「正しいからやる」のではなく、「好きだからやる」という気持ちを大切にしてほしいです。正しさだけでは続かないことがあります。でも、本当に好きなことなら続けることができます。迷った時には、「やるべきこと」よりも「やりたいこと」を選んでほしいと思います。
仕事をしていると「楽しい」気持ちだけではやりきれない事が沢山あります。若い頃は受けた仕事をとにかくこなして、一生懸命でしたが、その過程で自分に「あう」「あわない」の判断能力がついてきます。日々そうやって重ねてきました。またいつも気をつけている事が、「個人の価値観・感覚は人それぞれ違う」という事です。「私が嬉しいと思う事が、人にとっては苦痛である場合もあるという事」です。私自身もシリア赴任中に爆弾など安全面での危険に晒された事もあります。滞在中に友人たちから心底心配していただきましたが、私の中ではその経験ができたという気持ちが大きくあります。「行ってみた、やってみた、そして感じる」という体験を積み重ね続けていることを、自分自身が大切にしています。

反政府軍占領地に入る人道支援を率いていた時の写真
後ろに見えるのが国連諸機関の人道支援目的の公用車で政府軍地域から反政府占領地域への越境の交渉結果を待っているところ
写真:FAOシリア事務所
最後に夢を教えてください。
これまで本当に多くの方々に支えていただきました。
ですから今度は、自分の経験や視点を次の世代へ伝えていけたらと思っています。
実は私は人を笑わせることが好きです。海外で長く暮らした後、日本に戻ってきて感じたこともたくさんあります。日本には素晴らしいところがたくさんありますが、一方で窮屈さを感じている人もいるかもしれません。今は忙しく色々発信できていないのですが、日本だけでなく世界中で、ちょっと息苦しく感じている人々に向けて、私なりに感じる少し違った視点や発想を伝えることで、誰かの気持ちが軽くなったり、新しい可能性に気づいたりするきっかけになれば嬉しいです。
大きなことではなくても、誰かの背中を少し押せる存在になれたら。
それが今の私の夢です。

避難民の連れてくる羊の衛生活動をする現場の写真
写真:FAOシリア事務所
【編集後記】
「正しいことより、好きなことを選んでほしい。」
国連で30年以上活躍してきた日比さんの言葉には、経験に裏打ちされた深い説得力がありました。
ロータリーとの出会いから始まった国際社会への歩み。その原動力は、常に人との出会いへの感謝と、自分自身の好奇心だったのかもしれません。
平和、人権、食料、環境はすべてつながっている――。
シリア駐在中の壮絶な体験や、赴任先の見事な自然の話どの話にもお人柄が溢れました。
日比さんのメッセージは、これから世界へ羽ばたく若い世代への温かなエールとして、多くの読者の心に届くことでしょう。
日比 絵里子 FAO駐日連絡事務所長(2020年9月13日付就任) 2011年にFAO入職、ローマ本部戦略企画室にシニア・オフィサーとしての2年間の勤務の後、2013年からは紛争下のシリア事務所の所長、また2016年からはサモア独立国アピアのFAO大洋州事務所長として、大洋州14カ国を対象としてより栄養に配慮したフードシステムの構築貢献。FAO入職以前は、国連人口基金(UNFPA)のニューヨーク本部、ウズベキスタン事務所、アジア太平洋地域事務所に勤める。 (写真提供:FAO駐日連絡事務所) 上智大学法学部で法学士、英国レディング大学大学院で国際関係学修士号、米ワシントンDCジョンズホプキンズ大学大学院SAISで国際関係学修士号を取得。 ロータリー財団奨学生 (1988-1989年) スポンサークラブ 東京城西ロータリークラブ 2026年5月16日開催ロータリーファミリーホームカミングデー登壇 ロータリーファミリー支援委員会 委員長:宮村 和加子(東京広尾RC)副委員長:杉浦 藤一郎(東京あけぼのRC) 協力:(東京あけぼのRC)濃畑雄四郎(東京武蔵野府中RC) 編集委員 西 優希(東京昭島中央RC) Rotary Family Voice 編集長:中前 緑(東京米山ロータリーEクラブ2750) インタビュー日時:2026年(令和8年)6月3日(水)14時 |
| ロータリー財団奨学金制度とは? 国際ロータリー第2750地区ロータリー奨学生の制度は、グローバル補助金を利用し国際ロータリー第2750地区が独自に募集、選考、派遣を行なうものです。奨学生が海外留学を通じ、国際理解と親善を増進し、その国際経験と視野を持って、ロータリーが掲げる7つの重点分野に必要な知識と学力を身に付け、社会人として成長、貢献をしていくことを目的とします。また、ロータリーのネットワークを十分に活用し、ロータリークラブと地域社会と積極的に交流することによって、派遣国と受入国の間の懸け橋となることを目的とします。 詳しくはこちら→ |

