RYLA

テクノロジーとイノベーションの力で紛争解決を推進する

2008-09年度RYLA(Rotary Youth Leadership Awards)に参加し、現在は、ニューヨーク国連本部の政務・平和構築局で政務官として紛争解決の推進をしている高橋尚子さんに、イノヴェーション・セルの立ち上げや取り組みについてお話しを聞きました。

高橋さんのお仕事や近況についてお聞かせください。

現在、ニューヨーク国連本部の政務・平和構築局(以下、「政務局」)で政務官として働いています。私が働いている部署は国連の中の外務省のようなところで、世界にある武力紛争、動乱、外交問題などを常にモニタリングしています。最近の例を挙げますと、アフガニスタンでの政権交代を受け、国民や世界中の国々、また新政権に対して、国連としてどのように携わることでアフガニスタンの平和と暴力の抑制に貢献できるかを分析、報告し、場合によっては調停を行うとなどの紛争解決業務が政務局の主な任務です。

私がこれまでに担当した国はスーダン、中央アフリカ共和国、旧ソ連中央アジアなどがありますが、国民一人一人が発信力をもった現代において、戦争のダイナミクスが変化していることに気がつきました。国連の活動をより時代の変化に適応させるべく、2019年に同僚と国連政務局の中に「イノヴェーション・セル」という新チームを立ち上げました。前述の分析、報告、調停業務の中に新しいテクノロジーや学際的なアプローチを活用することでより正確に、包括的に、多面的に任務を遂行することを目的としています。具体的には、自然言語分析(“N L P”)技術を通じたマイノリティ言語の分析、S N Sのモニタリング、脳科学・行動科学の適用、衛生データの活用、拡張現実(“A R”)・仮想現実(“V R”)を使ったコミュニケーションなどです。

仮想現実(“V R”)を使ったコミュニケーションの様子。

国連の中で全く新しい部門であるイノヴェーション・セルを立ち上げられたきっかけについて教えてください。

私はかねてより石油と戦争の関係に大変関心があり、日本の商社で石油ビジネスに4年携わったのちに大学院留学を経て国連に就職しました。働きはじめて気づいたのが、国際安全保障に少なからず影響があるにも関わらず、戦争の専門家である国連の職員が石油の専門家から今日の原油市場情勢について話を聞く機会がほとんどないということでした。そこで、オフィスの昼休みを活用して石油産業を含め様々な産業の専門家を招いた私的な勉強会を企画しました。当初は7人くらいの参加者が30名、50名と大きなネットワークへと拡大していきました。同時期に同じような志を持つ2人の同僚と出会い、意気投合。国連の紛争予防・解決分野、平和構築に新しい風をもたらすには他業種との連携によるイノベーションを推進すべきとし、予算をとり、専門チーム「イノヴェーション・セル」の発足となりました。仮想現実プロジェクトが得意な中東系アメリカ人、ソーシャルメディア分析やデータビジュアリゼーションを推進しているドイツ人、そしてポリティカル・エコノミーに強い日本人の私といったバランスのとれた3人でスタートし、新しいメンバーを次々と迎えています。正規社員や外部パートナーをいれると30名近くのチームになりました。どの国でもそうだと思いますが、官僚組織で新しい事を始めるのは難しい事ですが、5年間の国連での勤務を通じて、組織ルールをある程度は学べていたことが組織の立ち上げに非常に役に立ったと感じています。

イノヴェーション・セルのチーム。

国連という機関でどのようなことを考えながら働いているのでしょうか?

複数言語でコミュニケーションをとるときに言語によって自分の性格にギャップが生じてしまうことはよくあることだと思いますが、それによって相手を混乱させないように常に安定した「自分らしさ」を保つよう意識しています。私の場合、母語は日本語ですが、第一外国語はロシア語で、第二外国語は仕事でのコミュニケーションの基本言語である英語なので、この一見矛盾した三つの性格をなんとかバランスさせています。

仕事柄、さまざまなメディアで発信する機会が多いのですが、なるべく分かりやすく伝わりやすい言葉で丁寧に説明をするよう心がけています。カタール新聞やドイツメディア、ファイナンシャルタイムズなど英語や現地語で取り上げていただく機会もあり、日本語での発信は私が担当しています。GDP、識字率、ワクチン摂取率等と比較して紛争解決は成果を計量しづらい分野です。組織として紛争予防、平和構築プロジェクトの効果測定手法を改善させる努力を続ける一方で、そもそも平和がカッコ良いものとして認識されることの重要性を常に感じます。「平和であること」「暴力で物事を解決しようとしないこと」「お互いに恐怖に支配されないこと」というのはカッコ良くあるべきで、かつ時代に即した形で説明されなければなりません。改善を繰り返しながら新しい形の平和の表現方法を日々模索しています。

この仕事で特にやりがいを感じるのは、新しい手法をつかう事で、今まで表に出ていない人々、トピック、国地域の出番を増やしてあげられる瞬間です。国連が扱う分野でも、残念なことに特定のトピックだけが一時的に取り上げられ、時間とともに忘れられてしまいがちです。そのトピックの重要性をどのように私が伝えられるかいつも課題意識を持ち取り組んでいます。例えば、今年の1月から5週間スーダンにて新国連ミッションの立ち上げを担当していたのですが、革命後のスーダンの状況があまり報道されていないこと、パンデミックにより各国の外交団が現地を視察できないことから、いかに国際社会に対しスーダン支援の必要性を理解してもらうかが課題でした。そのため現地で特にスーダンの若者、女性にフォーカスをあて、ミッション立ち上げの様子をVRカメラで撮影し続け、映画「Sudan Now」として発表、国連安全保障理事会メンバーに試写会を行いました。この作品は無料で一般公開しておりますので、ぜひ「Futuring Peace」のウェブサイトからご覧いただければと思います。


他方、私自身とてもシャイな性格もあり、支援を受けられた方(国連では「裨益者」と呼びます)からお礼を言われるのはとても苦手です。以前、支援業務を通じて地雷被害者の方や紛争地域のシングルマザーからお礼を言われた事がありました。私は、むしろもっと憤っていただきたいと思いました。本来、私たちの仕事はなくなるべきものです。彼女たちは、「○○のおかげで生活できている」のではなく、当然の権利として行政からのサービスを受け、きちんと生活が送れてしかるべきなのです。親がどのような状況にあろうとも、子どもたちは差別を受けることなく学校に通えるべきです。人々が自分の権利を認識し、それが満たされない場合は憤って政府に抗議し平和的に社会を変えられるような環境をともに育てたいと思います。

スーダンでの活動の様子。

RYLA(Rotary Youth Leadership Awards)に参加したきっかけを教えてください。

上智大学を卒業し、社会人になる直前にRYLA(Rotary Youth Leadership Awards)に参加しました。上智大学在籍中に日本模擬国連の副代表や、海外派遣の際の日本団長を経験していた事で、RYLAに参加するきっかけになりました。私が参加する前年度から始まったようですが、RYLAには毎年日本模擬国連から数名の受講生が継続的に参加しています。今思い出しても、普段接する事の少ない経営者の方やそのご家族、同世代と一緒にプログラムに参加できた事はとても刺激的でした。その後、RYLA参加を通じて出会った千葉のロータリアンからご提案を受け、地区主催の青少年向けプログラムとして高校生向けの模擬国連ワークショップを開催しました。当時は会社勤めをしていたので、大学生ボランティアにもご協力いただき、世代横断的なプログラム作りに関われたことは光栄でした。感謝状を頂いたのですが、参加させていただいた私が感謝したくなるくらい存分に楽しめた企画でした。2014年に会社を退職し、米国ニューヨークのコロンビア大学国際公共政策大学院に進学した際には、ロータリー財団奨学金にもお世話になりました。この大学院で学んだ国際安全保障が今の私の専門分野です。

東北に住む親戚がロータリアンであり、幼い頃からロータリーについては親しみを持っていました。ロータリー青少年交換で海外から来日中の高校生の観光をお手伝いした経験もあります。当時はどうして立派な大人たちが熱心に子供たちの支援をするのか疑問に思っておりましたが、今ではロータリーの奉仕の精神、若者への支援の意義にとても共感できます。

国際ロータリー第2750地区2008-09年度第5回RYLAセミナーの集合写真。

ロータリーファミリーの後輩たちへメッセージをお願いします。

語学についてよく質問されるので少し背景をお話ししたいと思います。私の場合、中学時代に9.11同時多発テロ、高校時代にイラク戦争などがおき、石油と戦争の記事が沢山発表され、それと同時に石油が豊富で、日本の隣国でありながらあまり理解されていないロシア語に興味を持ちはじめました。世界でも習得が難しいとされるロシア語を習得すべく、上智大学で専攻し、モスクワ大学へも一年留学、ロシア人向けのロシア語のディベート大会で優勝するほどロシア語を鍛えました。ちなみに、私は暑さがとても苦手なので、ロシア語を使う仕事ならば暑い場所に行かなくてもよいかと思ったのも正直なきっかけの一つでしたが、いざ国連に就職してみたら初めての赴任地が猛暑で有名なアフリカのスーダンだったのは笑い話です。ロシア語は今私の一つの特徴になっていて、「ロシア語を話す日本人」として私を覚えてもらうのにとても役立っています。もし国連に勤務を希望されるのであれば語学という面では英語とフランス語はどちらかをパーフェクトに学んでおくべきだと思いますがそれ以外でした何でも良いと思います。振り返ってみると、ロシア語が役に立ったというよりは、何かをものすごく頑張った、得意な事があるという気持ちがこれまで自分を支えてきてくれたと感じています。

そして今は極めて流動的な社会であるからこそ、世代・業種・国境横断的な交流の価値は今後益々高まってくると思います。私自身全く計画していませんでしたが、振り返ると人生で4回もロータリーと接点があり、それぞれ自分の活動を広げるきっかけとなりました。もし皆様にもロータリー含めそのような交流の機会があれば、積極的に覗かれてはいかがでしょうか。

最後に将来の夢を教えてください。

将来の夢はあまり決めすぎないことにしています。世の中も変わるので、その時、求められている事に合わせて自分に与えられた役割を精一杯柔軟に対応していきたいと思います。

ただ、世の中のニーズや自分のアプローチが変わろうとも、仕事を通じて人間が持つ「恐怖」と向き合い続けたいと思っています。敵は自分の心が作り出すものです。それが大きくなれば衝突、戦争に繋がります。相手が敵なのか味方なのかを決めるのは自分の心です。暴力は恐怖から、恐怖は自分の心からやってきます。この分野の仕事に携わる事で、自分が持つ恐怖と向き合えるというのは非常に恵まれた機会だと思います。自分も含めて人の心を分析する事、今私に与えられたこの役割がある限り、この分野の探求に貢献していきたいと思っております。


 

高橋 タイマノフ 尚子 Naoko Тайманов Takahashi
国連 政務・平和構築局 政策・調停部 イノヴェーション・セル 政務官
2008-09年度 RYLArian
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国連政務・平和構築局 政策・調停部イノヴェーション・セル 政務官。国連平和維持活動(PKO)局地雷対策部スーダン事務所に入局したのち、NY本部での中央アフリカ共和国平和維持活動ミッション(MINUSCA)担当政務官補、旧ソ連中央アジア担当政務官を経て現職。専門は武力紛争解決、平和維持。2019年には国連で初めて最新テクノロジー、経済データやAIを活用した紛争分析を専門に扱う新チーム「イノヴェーション・セル」を同局内に立ち上げた。 上智大学外国語学部ロシア語学科学士(学長賞)、米国コロンビア大学国際公共政策大学院修士(日本/世界銀行共同大学院奨学金フェロー)。ロシア語、英語に堪能。

インタビュアー:中前 緑(東京米山ロータリーEクラブ2750)
ロータリーファミリー支援委員会 委員長:青柳 薫子(東京広尾RC)
Rotary Family Voice 編集長:根岸 大蔵(東京城西RC)
RYLA(Rotary Youth Leadership Awards)とは?
RYLAのイベントは、14〜30歳までを対象として、地元ロータリークラブやロータリーの地区によって開催されます。地元のニーズに応じて、1日のセミナーから数日間の合宿まで、さまざまな形式が取られます。最も多いのは、さまざまなトピックのプレゼンテーション、アクティビティ、ワークショップなどを含む、3〜10日にわたるイベントです。
参加対象はそれぞれのイベントによって異なります。リーダーシップの力を引き出すことを目的とした中学生対象のイベントから、創造性のある問題解決力を養う大学生対象のイベント、ビジネス倫理について学ぶ若い社会人対象のイベントなどがあります。
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