2013-14年度にロータリー財団奨学生として、英国London School of Economics(LSE)に派遣され、現在は、WFP(国連世界食糧計画)でプログラム・ポリシー担当官として勤務している高尾(田口)涼子さんにお話を伺いました。
現在のお仕事や活動についてお聞かせください。
2022年4月よりフィリピンのマニラに駐在し、フィリピン南部ミンダナオ島にあるバンサモロ・ムスリム・ミンダナオ暫定自治地域(BARMM)で食糧支援に携わっています。フィリピンは、日本企業も多く進出し、セブ島などのリゾート地のイメージが強いかもしれませんが、ミンダナオ島では40年以上も武力紛争が続いていました。2014年にフィリピン政府と「モロ・イスラム解放戦線(MILF )」との間で包括的な和平合意となりましたが、現在は自治政府樹立に向け、日本政府やJICA等のほかWFPを始めとした国連機関が支援を行っています。長期的な紛争の影響を受け、マニラやセブ地域ではそれほどではありませんが、BARMMでは65%が貧困層であり極めて貧しい地域です。つまり食糧自給率が低く、栄養も足りていないため、日々摂取が必要な食糧供給の手助けが必要なのです。私たちが届ける食糧のうち米が一番多いですが、Cash for Workといって、現金を渡すこともあり、それによって受益者が自分で必要なものを購入できる手助けをしています。
世界最大の人道支援機関といわれるWFPでは、紛争や自然災害などの影響を受けた人々に対する「命を救うための緊急人道支援」に焦点を当てるだけでなく、そこから人々が立ち直りどう自立していくかという「持続的な開発支援」に加え、「平和を実現する」という事にも注力して取り組んでいます。私たちの仕事は、紛争からその後の長期的な開発支援に向けて、切れ目なく支援を継続することが不可欠です。国際協力業界では、いわゆるHDPM:Humanitarian Development Peace Nexusという言葉で表現され、「人道支援からの持続的な開発」「平和構築へのネクサス(連携)を実現する」これが私の大きな役割です。
その中でも特に平和構築へのネクサスを考え、WFPの多様な支援の中でも、紛争リスクに配慮して支援できているかプログラムに対して助言するのが私の職務です。例えば、部族間で土地や水資源を取り合うことから紛争が再燃するきっかけになるのです。それらを防ぐために、複数の異なる部族が一緒となり、共に活動できるように、支援対象地域に配慮するなどし、紛争がこれ以上助長されないよう支援活動を見守り、問題があれば改善に向けて助言を行っています。
長期的視野では、持続的な開発へのネクサスを考え、支援内容の計画と実施を助言しています。私たちが考慮しなければならない事は、受益者に食糧を配布して支援完了ではなく、貧困のループからどうすれば脱却でき自らの力で生計維持できるようになるかです。その一つの方法として、米などの食糧を配る際に、道路や灌漑施設の整備、マングローブの植林作業など、地元コミュニティの人々に仕事をしてもらいます。つまり生活に必要なインフラを整備してもらう代わりに食糧を配布します。(この仕組みをWFPではFood for Assetと呼びます。)
支援対象者には元武装兵や、夫を紛争で失ったシングルマザー、両親を紛争で亡くした子供たちという脆弱層と言われる人々を含みます。将来的に地元の資産になる労働ですが、道路でもアスファルト道路ではなく、デコボコした道に石を敷き詰めて車が通れるように整備するなどです。これらによって雇用機会の創出にもつながっていますし、働く対価として、食糧や現金を手に入れ彼らが自立できる仕組み作りを目指します。
また、小規模農家が生産した食材を地元で買ってもらうだけではなく、販路拡大のために、より大きな市場で適正価格で購入してもらうフードバリューチェーン(農産物流通による付加価値向上システム)の構築も支援しています。その一環として、WFPが独自開発した「Farm2Go」と呼ばれるデジタルアプリの試験導入を主導しています。これは、スマートフォンを使い農家が自分で作った食材をオンラインで販売できるようになることで、更なる生計向上に繋げる取り組みです。
現在はマニラを拠点にビデオ会議を駆使しながら日々仕事をしていますが、月に1、2回はミンダナオ島の南西部コタバト市にあるWFPサブオフィスに出向き、現地スタッフ20名程度と支援活動を実際に行います。私が携わっているBARMMの支援者は約1万7千世帯、およそ5万人から6万人です。現地の方々と直接触れ合い、支援活動をしている時、今の仕事をしていて自分が少しでも人々に役立っていると感じとれ、やりがいを感じます。この感覚はデスク上やパソコン前では決して感じ取れないものです。
WFP独自で実施するプログラムが多いですが、国連組織全体のUNファミリーとして、国連開発計画(UNDP)、国連食糧農業機関(FAO)、国際移住機関(IOM)などと共同で事業を実施することもあります。フィリピンで特に多い台風被災時は、国内避難民が出るのでIOMと連携しますし、紛争配慮アセスメントを行う時には、初期調査時に一緒に計画実施しデータを共有します。BARMM政府と様々なワークショップを開催するときにも他の国際機関と連携し、重複作業をなくして効率よく進めます。
南部のミンダナオ島はイスラム教徒が多く住む地域でしたが、1898年アメリカ統治時代の政府移住政策により、多くのキリスト教徒が北部のルソン島、中部のセブ島やビサヤ島から、南部のミンダナオ島に移り住み、先住民の土地や水を奪うことで長年の紛争が続いてきました。小さな部族間、家レベル、親戚同士で血を流す殺し合いなど悲惨な事も起きています。単なる宗教の違いによるものだけではない部族間紛争のほか、フィリピンはスペイン、アメリカ、日本の植民地時代を経験しており、歴史・文化的にも多様で複雑な国家である(だからこそ、興味深い!)と感じています。
ロータリー財団奨学金のプログラムに応募したきっかけを教えてください。
2022年4月よりWFP勤務となりましたが、その前は日本のシンクタンクで約5年間研究員としてつとめ、日本の開発援助政策の提言や、JICAが途上国支援をする際に、情報収集調査、ニーズ調査等の前段階の基礎調査などを行いました。私のやり続けたいことの軸は「途上国の開発支援」です。国際協力のキャリアの観点から感じるのですが、一ヶ所で勤務を続け経験を積むのではなく、複数の機関に転職し、様々な視点で経験や実践を身につけ専門性を深める人たちが多いことです。そんな私も研究員になる前、西アフリカのナイジェリアの日本国大使館で、政府開発援助(ODA)事業の計画、立案、実施に携わった経験があります。当時は食糧支援ではありませんでしたが、ナイジェリアも紛争がある国で、国内避難民も多く、彼らが安心して通える小学校建設や職業訓練プログラムに携わっており、その紛争影響地域における開発支援の経験が今に繋がっています。
大学卒業後、日本テレビの報道記者として2年ほど務めました。当時は東日本大震災直後で災害対応の取材を経験し、また2012年、2013年の当時はシリア内戦が激しく、報道局で国際ニュースを担当する外報部に所属していたのですが、報道を広く国民に伝えることは大切な使命と感じると同時に、ジャーナリストとして何も彼らに直接貢献できないという無力感を感じるようになりました。そこで、私自身が災害や紛争などからの復興・開発支援に携わり、国際協力業界の一員となりたいと感じるようになりました。「何か違いを、変化をつけられるような仕事をしたい」と奮起し、留学を決意し、国際開発学の名門校である英国London School of Economics(LSE)のプログラムを見つけました。留学を決めた時に、資金面の不安があり、様々な奨学金をインターネットで探しました。奨学金に色々申し込んだのですが、全て不採用。ただ唯一、ロータリーから奨学金のご縁をいただき、夢の留学が実現しました。私の他にも応募者がいたと聞いておりますが、私が支援いただいたグローバル奨学金は東京品川中央RCにご所属の元ロータリアン圷昭二様の冠名基金でした。青柳薫子ロータリーファミリー支援委員長(当時財団学友委員)もご同席いただき、帰国報告を兼ねてご本人にお会いした際、私のお話しを喜んで聞いていただき、「これからも頑張ってください」と温かく笑顔で応援いただいたことを今でも鮮明に覚えています。
英国ホストクラブはエドモントンRC、日本の地区スポンサークラブは東京羽田RCでした。2013-14年度に派遣され、イギリス留学中には、ホストクラブで卓話を経験したり、イギリスの子供たちが得意なこと(ダンス・歌等)を披露し、活動資金を集めるユースフェスティバルに参加したり、今でも多くの印象に残っています。やはり「人との繋がり」が良い思い出です。今でも人生の節目に連絡をとりあっていますが、現地カウンセラーであり、イギリス人紳士のパトリックさんは、私をヒースロー空港に迎えに来てくれ、大学寮まで荷物を運んでくれました。そして初めてのイギリス滞在で知り合いも少なく不安な中、イギリス生活のノウハウを細かく教えてくれました。ロータリーの企画以外にも、頻繁に食事をご一緒してくれ、有名なフィッシュ&チップスを沢山食べさせてもらいました。連絡がとれ、安心して相談できる彼らの存在は本当に有り難く、とても心強かったです。
当時描いていたロータリアンのイメージですが、企業トップの方々で、とにかく忙しい方ばかりだと思っていました。ところが多忙にも関わらず、私のような留学生に時間を割いて、サポートいただけるなんて思ってもいませんでした。奨学金を受給し、既に9年が経っていますが、奨学金を支給して終わりではなく、今でもこのように繋がりを持ってくださり嬉しく思います。ロータリーは投資した「人」を信頼して、長い目で待ってくれているような気がします。今改めて振り返ると、そのことに驚きましたし、今でも感謝しています。
これからロータリープログラムに関わる後輩たちへメッセージをお願いします。
ロータリアンは何があっても、とことん信じてくれる人たちです。留学中ずっと面倒みてくれて、留学後もコンタクトを取り続けて、ロータリーの輪の中に温かく迎え入れようとしてくれます。勇気をもって頑張るように温かく背中を押してくれます。是非私と同じように悩んでいる方がいたら、何も心配せずに自分のやりたいことを思いっきり挑戦してほしいです。
最後に将来の夢を教えてください。
今を生きることで正直精一杯の日々ですが、自分のやりたい事の軸は変えたくないと感じています。私自身が日本であまりにも恵まれた環境で育ってきたと感じます。ロータリーと関わりを持ち始めた当初の気持ちを決して忘れず、恵まれない環境に身を置かざるをえない人々に手を差し伸べ、助ける仕事を続けたいです。将来それが国連機関なのか、民間機関なのか、所属する組織はどこになるか今はまだわかりません。ただ、軸はブレず、信念をもち、恵まれない方たちに貢献できるような仕事を長く続けたいと考えております。
高尾(田口)涼子 Ryoko (Taguchi) Takao 国連世界食糧計画(WFP)フィリピン事務所 プログラム・ポリシー担当官 2013-14年度ロータリー財団奨学生 スポンサークラブ:東京羽田RC アメリカ創価大学卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス国際人道開発学修士課程修了。日本テレビ、在ナイジェリア日本国大使館、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(休職中)を経て、国連世界食糧計画(WFP)に勤務。専門は紛争影響国の復興開発支援。 インタビュアー:中前 緑(東京米山ロータリーEクラブ2750) ロータリーファミリー支援委員会 委員長:青柳 薫子(東京広尾RC) Rotary Family Voice 編集長:根岸 大蔵(東京城西RC) |
ロータリー財団奨学金制度とは? 国際ロータリー第2750地区ロータリー奨学生の制度は、グローバル補助金を利用し国際ロータリー第2750地区が独自に募集、選考、派遣を行なうものです。奨学生が海外留学を通じ、国際理解と親善を増進し、その国際経験と視野を持って、ロータリーが掲げる7つの重点分野に必要な知識と学力を身に付け、社会人として成長、貢献をしていくことを目的とします。また、ロータリーのネットワークを十分に活用し、ロータリークラブと地域社会と積極的に交流することによって、派遣国と受入国の間の懸け橋となることを目的とします。 詳しくはこちら→ |