ロータリー財団奨学金

人間も環境も健康になれる社会のデザイン

2016-17年度にロータリー財団奨学生として、カナダのブリティッシュコロンビア大学に派遣され、現在は同大学作業科学(Occupational Science)学科で研究をされている小倉 沙央里さんにお話を聞きました。

現在の活動を教えてください。

現在はカナダのブリティッシュコロンビア大学博士課程に在籍し、研究としては、伝統知を現代社会に生かす(indigenous innovation)ことで、暮らしを豊かにする方法を医学的な見地から検証するフィールド活動に取り組んでいます。具体的には、栄養価が高く、種の多様性も豊富で、気候変動にも適応できる伝統的な雑穀栽培の意義について探求し、未来の世代へ繋いでいくため、日本、ジンバブエ、東ヒマラヤの栽培者の方々と協働して取り組んでいます。古から続く知恵や生き方の中には、社会問題の解決に役立つインスピレーションがたくさん秘められています。人も自然も豊かに生きることのできる社会を築いていくため、現代社会に有益な情報をフィードバックしていきたいと考えています。
現在はコロナのために海外での活動が制限されてしまいましたので、研究拠点を宮崎県椎葉村と岩手県軽米町、東和町の3つに定め、日本における伝統的な雑穀栽培の意義と継承について研究を進めています。
椎葉村では、2015年に世界農業遺産に認定された「高千穂郷・椎葉山地域」で、焼畑農法を通じた雑穀栽培の意義と森との共生について学んでいます。熱帯雨林での大規模な焼畑は自然破壊として非難の対象となりましたが、小規模で、20年以上森の回復を待ってから再び焼く伝統的な焼畑農法は、生物の多様性にも寄与することが現代の科学から明らかになっています。軽米町と東和町では、伝統的に地力を保つことのできる輪作やパーマカルチャーを通じた雑穀栽培の意義について学んでいます。全国的に雑穀を栽培する人々は高齢化によって激減していますが、都市から移住して雑穀栽培を始めた若い世代の人々は、そこに新しい可能性や人間的に豊かな暮らしを見出しています。近代農法にも資源の浪費や科学物質等の蓄積、農薬や科学肥料等の自然環境への影響などありますので、大量生産から小農の自立へと転換しつつある世の中のトレンドに沿った形で、連綿と続く先祖の体験や創意工夫、つまり小農の主食確保という必然性と、その過程における精緻な計算を現代に活かせないだろうかとアプローチをしています。

椎葉村での焼畑とその撮影。

写真家としても活動してらっしゃるとうかがいました。

2011年にインドの環境系シンクタンク「ATREE」(Ashoka Trust for Research in Ecology and the Environment)の客員研究員として、ヒマラヤに1年間滞在し、自然と人との関係性、また、グローバル経済に組み込まれることで、その関係がどのように変化して来ているかを学びました。そこには、美しいヒマラヤ山麓の風景の中で協力し合いながら逞しく生きる人々の生活と笑顔があり、この幸福感が失われないよう、新しい価値観を創造する必要性を実感しました。村で体感した感動や豊かさを多くの方々に見ていただきたいと考え、写真展を開かせてもらっています。おかげさまで、2017年にニコンサロンのコンクールでは三木淳賞奨励賞をいただき、新宿、銀座、大阪のほか、ブリティッシュコロンビア大学でも3回個展を開催させていただくことができました。さらに現在はドキュメンタリー制作にも挑戦しており、伝統的な雑穀栽培をめぐる人々の思いについて発信していきたいと思っています。

ニコンサロン写真展。

いろいろな分野を融合した活動ですね、きっかけを教えてください。

2004年から学習院大学で政治学を学び、貧困や紛争といった国際的な問題の根本には人と自然との関係性の悪化があることを学びました。根本問題への解決を考える中で、2008年米レズリー大学大学院へ進学し、環境学を学んだのが転機かもしれません。それは、体験型のリーダーシッププログラムで、ヨセミテ国立公園やグランドキャニオンなどの実地において、五感を使い生態学や人間社会との関係(食問題、エネルギー問題)について学ぶものでした。この経験が、理系文系を超えた、地球に生きる市民としての責任を考えるきっかけとなり、後の研究にも大きく影響を与えたと思います。
その後、前述のヒマラヤ、2013年から米カリフォルニア大学バークレー校(修士)での2年間の環境プランニング、2016年にはアフリカのジンバブエで現地のNGOと協力して研究活動を行いました。ジンバブエでは、大変なことがあっても笑いを絶やさない現地の人々に励まされながら、体は病に侵されても心は元気になる実体験を得られました。2017年にブリティッシュコロンビア大学の森林学部(Forestry)で博士課程を開始し、2019年に同大学作業科学部(Occupational Science)に転部しました。政治学から環境学、医学へと、振り返ってみると振り幅が広いですが、これが問題解決のために必要な視点と知識を求めて来た軌跡なのだと思います。

ヨセミテ国立公園にてディスカッション。

ロータリークラブの会員と関わって感じたこと、後輩へメッセージ。

ロータリークラブの奨学生となってから、日本のロータリアンにも海外のロータリアンにも、とても親切にしていただきました。経済的なサポートだけでなく、精神的にも支えていただき深く感謝しています。また奨学生としての期間が終わっても繋がりを持ち、気にかけていただけるのは、たいへん心強く感じています。
2018年にバンクーバーで開催されたRI会長主催平和会議では、環境持続可能性について、著名な環境活動家の方のお話を聞く機会に恵まれ、国籍や性別、年齢を問わず世界中で活躍する大勢の仲間の存在を実感できました。世界中で安心して繋がることができるのがロータリーのネットワークの素晴らしいところだと思います。
これからロータリーに関わる若い方には、「求めよ、さらば与えられん」とお伝えしたいです。諦めず積極的に努力すれば、きっと目的を達成することができます。

バンクーバーで開催されたRI会長主催平和会議

将来のこと、自身の展望などについて教えてください。

今の研究は、環境学と文化人類学と医学の間に位置するような内容で、将来の地球環境問題や食料問題に寄与出来ればと考えています。自然環境の健康無くして人間の健康はありません。人類が生きていくためのビジョン、人間も環境も健康になれる社会、そんな環境プランニングやデザインを発信していければ、と考えています。また、伝統穀物の多様性を守ることにおいては、数々の旅をしてきた中で、社会の中でマイノリティではあるけれども、宝石のようにキラキラと光る人々に世界中で出会いました。このような、伝統的な知恵と生き方を持っている人々を、点から線、線から面へと繋げ、新しい価値観を作り、共有していけたらと思います。

与えられた今を一生懸命に生きることで開ける未来があること。つまり、全ての事象は繋がっていて、(たとえコロナ禍であっても)必要とされる準備を怠らずにいれば、いつか思いもよらないご縁や自分を生かせる場所と巡り会えると信じています。まずは、コロナが落ち着いたら、ジンバブエへ行き、現地の村の友人たちと研究の続きを仕上げる活動をしていきたいと思います。

ジンバブエのNGOのスタッフと共に。


 

小倉 沙央里 Saori Ogura
2016-17年度 ロータリー財団奨学生
スポンサークラブ:東京恵比寿ロータリークラブ

2007年学習院大学法学部政治学科、3年卒業FTコース卒業。2008年に米レズリー大学大学院へ。北米大陸をキャンプ生活で横断しながらフィールドワークを通して生態系や環境教育について学んだ。在学中にはUNESCOニューデリーオフィスでインターンし、ブータンの国民総幸福を基盤にした教育政策についても学ぶ。2010年に修士課程修了後、2011年3月からインドの環境系シンクタンク「ATREE」の客員研究員として一年間ヒマラヤ(シッキム)で活動。2013年から米カリフォルニア大学バークレー校で「環境プランニング」を専攻。ヒマラヤでの土地利用の変化について研究をまとめると共に、気候変動、それぞれの土地の生態系に適応した環境デザインについて学び、修士号を取得。サンフランシスコのNGO「アライアンスフォーラム」を経て、2016年3月から4月までジンバブエにてNGO「ムオンデ•トラスト」と共に干ばつに強い伝統穀物について調査。2017年6月から10月まで、パリのユネスコ本部にて、伝統知を気候変動への適応に生かすためのプロジェクトに参加、ウガンダとエチオピアを訪問する。12月にヒマラヤの写真展「Rongに学ぶ」がニコンサロンより 三木淳賞奨励賞を受賞、銀座ニコンサロンの他、新宿、大阪にて写真展を開催。2017年1月からカナダのブリティッシュコロンビア大学にて博士課程に入学。2019年5月にForestry(森学部)から医学部のOccupational Science(作業科学)に転部し、日本、ジンバブエ、シッキムのコミュニティと共に伝統穀物の多様性を維持する研究を続ける。

インタビュアー:鈴木 豪(東京八王子北RC)
ロータリーファミリー支援委員会 委員長:青柳 薫子(東京広尾RC)
Rotary Family Voice 編集長:根岸 大蔵(東京城西RC)
ロータリー財団奨学金制度とは?
国際ロータリー第2750地区ロータリー奨学生の制度は、グローバル補助金を利用し国際ロータリー第2750地区が独自に募集、選考、派遣を行なうものです。奨学生が海外留学を通じ、国際理解と親善を増進し、その国際経験と視野を持って、ロータリーが掲げる7つの重点分野に必要な知識と学力を身に付け、社会人として成長、貢献をしていくことを目的とします。また、ロータリーのネットワークを十分に活用し、ロータリークラブと地域社会と積極的に交流することによって、派遣国と受入国の間の懸け橋となることを目的とします。
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