2022年05月21日(土)に開催された国際ロータリー第2750地区ロータリーファミリーホームカミングデー “Re-CONNECT” にて、元米山奨学生で京都精華大学 前学長のウスビ・サコさんに基調講演をいただきました。ロータリーファミリーホームカミングデーは、ロータリーの様々なプログラムを修了した学友同士がプログラムの枠や年代を超えて、互いに交流を深め、共に学び合い再び繋がる機会です。

これまでの人生の経歴、マリについて

来日して31年になります。マリ共和国で19歳まで過ごし、中国で6年間勉強してから日本に来ました。マリという国で時間の認識は、午前、午後、夕方と区切りが大きく、日本と違いゆっくりとした生活リズムです。そうした国から来て31年も日本にいますが、人生の半分以上30年を越えて日本にいても、いまだ頻繁に「来日はいつでしたか」「日本語が上手に話せるんですね」と聞かれます。こういった時は、答えに窮してしまいますし、その都度、私って何者なんだろうと自問してしまいます。
人生を振り返ってみますと、西アフリカの中央付近にあるマリ共和国で3人兄弟の長男として生まれました。マリの主産業は農業、公用語はフランス語ですが、23の民族があり、言語は部族語も合わせると30余り使われています。教育制度は日本に似ていて、義務教育が小学校6年と中学3年の計9年、高校3年、大学5年で、義務教育は9年間で無償ですが、成績によって留年や強制退学があります。
また、マリの教育の特徴として、学業そのものは学校で、道徳や倫理は家庭と地域で担う2方向の教育制度があります。マリにおいて、特に挨拶は重要視されていて、歩きながら「やぁっ」っと声を掛け合うのでなく、立ち止まって丁寧に、思い当たる人みんなの安否と健康を確認します。けっして早口でしゃべり、早々に立ち去ることは許されません。コミュニケーションを大切にしているのです。その他にもマリには、中庭(テラス)文化というものがあり、他人も入り交じり食事だけでなく生活を共にします。実際、実家には家族以外に日常的にたくさんのお客さんがいて、生活の中に血縁関係のない他人が存在しているのが普通でした。大人になる過程で、両親だけでなく、様々な人々からアドバイスなり影響を受けて育ちます。

現在の研究テーマについて

高校卒業後、国費留学で中国に渡り建築を学び、その流れで日本の京都大学大学院に進みました。京都大学大学院博士課程修了後も、ハーバード大学と京都精華大学で学ぶ機会に恵まれて今日に至ります。中国の6年間では、世界を感じ、多様な人種の人と交流しました。中国人の持つ区別と差別、国民と政府が別々の構造を内包していることなど、学業以外にも多くの気づきと勉強をさせてもらいました。
日本では、建築計画のほか環境共生建築、都市化と住宅政策、コミュニティ研究、カフェ空間、都市再生、文化遺産の保存修復、文化ファシリテーターの分野など建築学だけでなく社会学や人類学にも携わる機会を得てきました。今は、大阪万博の副会長もさせていただいております。余談ですが、たまたま経験から話せるようになった言葉は、マリ民族語のバンバラ語とマンディカ語、フランス語、英語、ロシア語、中国語、日本語です。
現在の研究テーマは、空間人類学です。近代建築における空間、居住スペースであったりコミュニティ広場であったりする空間について、その機能や合理的な建築方法など多角的に調べ記録しています。マリの住宅はもちろん、京都の町家や道空間の研究をしています。具体的には、京都での近隣関係や行動様式を追うことでパーソナルスペースの領域を認識し、都市再生や街づくりに役立てようと試みています。ほかにも家族のかたちの変遷や社会の変化、過密化と過疎などを追跡し、日本の高齢化社会や地方集落の蘇生に関わっています。

日本社会における多様性と多文化社会の課題

私が日本に来日したのは、日本が「留学生10万人計画」を打ち出した1983年のことになります。学校は留学生を受け入れる準備ができていましたが、社会はそうではありませんでした。ですから、日本社会とどう関わっていくかということは私たち留学生にとって、非常に難しいことでした。私が直面した最も大きな問題は日本人の方のアプローチの仕方です。日本人の方は、私と知り合った時に必ず共通点を探そうとします。また、私をフレームに当てはめて理解しようとします。そんな中で、私は様々な留学生と友人になりネットワークを広げていきました。留学生の仲間を支援するボランティア組織を作り、在日外国人が市民として日本社会とどのように共生すべきか、自文化やライフスタイルの共有・日本社会を学び、外国人が日本社会に参画するための活動を開始しました。このボランティア活動には650人のメンバーが参加していました。日本でのこのような活動の中で、私は「他者と出会い、自分を再発見すること」を大事にしてきました。同化することが目的でなく、共存による共生社会の実現に重点を置いています。言い換えれば、いかにマリアンジャパニーズとして、居場所を開拓するかということになります。社会のグローバル化を「ヒト、モノ、カネ、そして情報が国境を越えて自由に行き来し、それらの価値は一国の判断で決まらないこと」と定義すれば、それらを支えるダイバーシティ(多様性)の確保は開かれた社会としての文化に不可欠と考えます。文化として社会の多様性を昇華させるには、人種、性別、宗教、性的思考、社会的経済的背景、民族性において、個人間の違いが存在すること、及びそれらを認識することが肝要です。いまの日本は、まだ様々な背景の人を保護もしくは推進しているにすぎず、必要なのはマイノリティ優遇からマジョリティ意識改革に発展させることです。要約すると、互いを認め合うことが、意識改革と言えるのではないでしょうか。

Judgment as Individual(個としての人)、これからの未来について

日本人のコミュニケーションはハイコンテクストで、直接的な言語ではなく、文脈や暗黙知を重視しながら意思疎通を図ります。俗にいう「空気を読む」社会です。それに対し、言葉通りの明確な意味に沿い、論理性を重視しながらコミュニケーションを図るローコンテクストへの理解を深めることが求められていると思います。外国人ないし異文化の捉え方を、ステレオタイプのパッケージとしてでなく「個」として見ていくことが重要です。
日本の教育では、社会の均質化が目につきます。幼少期の教育で、テンプレート化・フレーム化された「日本人という幻」を刷り込んでおり、日本人同士でも個として見ないでワンフレームの中にいるか否かでしか見ていないようです。小中学校で、少しでも他と違う要素があれば、変わり者のレッテルやイジメの対象になってしまうのは、そうした事情が少なからずあるのではないかと思います。逆に高校卒業後は、急に個を伸ばそうって掛け声が聞こえてきたり…。教育者として私は「もっとダラダラしていいよ」「オンとオフの切り替えをしなさい、オンばかりでは駄目ですよ」って言います。個性を育むには、時間と気づきのタイミングが必須であり、芽を摘まずに枝葉を伸ばせるゆとりがなければ花は開かないと思っています。
若い皆さんには、アイデンティティ・クライシスに立ち向かっていただきたい。グローバル社会の中で人間はどう生きるべきか、自分とは何かを知って欲しい、知る努力をして欲しいです。生まれてから死ぬまで、ひとつの文化・社会の中で過ごすというモデルは、グローバル化によって揺らいでいます。暮らしや学び、仕事の中には、あらゆる国の人・物・仕組みが溢れ、もはや自国の常識にだけすがることが難しくなりました。そして、軸となるアイデンティが分からなくなったり、崩れてしまっている人が、世界中で増え続けています。現代はまさに、アイデンティティ・クライシスの時代なのです。「日本人」というアイデンティティも例外ではなく、教育や伝統によって引き継がれてきた意識にすぎず、絶対的なものではないと認識していただけたらと思います。

これからの人生について

学長を務めた京都精華大学では、大学を「人間形成の場」と位置づけ、人間尊重と自由自治という理念のもと、個の伸びしろを見つけて活かすきっかけにしたいと取り組んできました。国内外で選ばれる大学にするため、掲げた短期中期の目標をクリアしながら、多くの改革を実行しました。まだまだ、やりたいことも出来ることもあります。社会とつながり、未来を創る人財を一人でも多く育成していきたいと考えています。
ロータリークラブから奨学金をいただいた時からお付き合いのあるホストファミリーと、今でも交流させてもらっています。人間的に尊敬できる「日本の父」と出会い、多くの幸せな時間を過ごせました。自分もロータリアンとして、留学生のお世話もさせていただきます。
共生社会の実現とダイバーシティを見届けたいので、今後もCONNECTとRe-CONNECTを繰り返し、皆さんと繋がることで幅広いネットワークと豊かな人生を広げていきたいと考えています。アフリカのことわざ「早く行きたければ一人で進め、遠くに行きたければ皆で進め」(If you want to go fast,go alone.If you want to go far,go together)を胸に頑張ります。


 

ウスビ・サコ Oussouby SACKO
京都精華大学 前学長

1992-94年度 米山記念奨学生
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マリ共和国生まれ。 国費留学生として北京語言大学、南京東南大学で学ぶ。1990年、東京で短期ホームステイを経験しマリに共通するような下町の文化に驚く。91年来日、99年京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門は空間人類学。「京都の町家再生」「コミュニティ再生」など社会と建築の関係性を様々な角度から調査研究している。京都精華大学人文学部教員、学部長を経て2018年4月から現職。
暮らしの身近な視点から、多様な価値観を認めあう社会のありかたを提唱している。
2025年日本国際博覧会協会 理事・副会長・シニアアドバイザー兼任。

参考:著書『ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」』
     『アフリカ人学長、京都修行中』
     『サコ学長、日本を語る』
     『これからの世界を生きる君に伝えたいこと』
     『現代アフリカ文化の今』
     『マリを知るための58章』
     『幻のリテクラシー文化』
     『日本の「空気」ウスビ・サコのコミュニケーション論』

ライティング:鈴木 豪(東京八王子北RC)
ロータリーファミリー支援委員会 委員長:青柳 薫子(東京広尾RC)
Rotary Family Voice 編集長:根岸 大蔵(東京城西RC)
ロータリー米山記念奨学会とは
公益財団法人ロータリー米山記念奨学会は、勉学・研究のために日本に在留している私費外国人留学生に対し、日本全国のロータリアンからの寄付金を財源に奨学金を支給し支援する、民間の奨学財団です。
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