ロータリー財団奨学金

世界的なヘルスエマージェンシーへの対応

2018-19年度にロータリー財団奨学生として、ハーバード公衆衛生大学院(Harvard School of Public Health)に派遣され、現在は、WHO(世界保健機構)などに勤務する武見 綾子さんにお話を伺いました。

ご自身の自己紹介、また、お仕事や近況についてお聞かせください。

現在、WHO(世界保健機構)と東京大学、科学技術振興機構に勤務しています。主な職務内容は国内外の健康上の危機に対応するための法的・制度的枠組みづくりに関わる研究、実務及び専門的助言です。
今回の新型コロナウイルスパンデミックを受けて、WHOを含め、グローバルな保健の対応体制(アーキテクチャー)を大幅に改善するための必要性が認識され、取り組みが進められています。WHOは、グローバルな保健問題について、リーダーシップを発揮し、健康に関する諸課題に向き合い、規範や基準を設定し、国際的な合意をとることが期待されています。私は新型コロナウィルス発生後の初期対応時にはWHOにはおりませんでしたが、このパンデミック以前から継続的に国際的な感染症対応に関わる枠組みに対して研究・実務を行ってきたことから緊急でお話をいただき、このポスト・コロナを見据えた国際的な制度構築・改善に関わるようになりました。
これらの業務は「グローバル」な取り組みではありますが、私は日本が国際社会でリーダーシップを取り、また日本が国際的な制度構築において主要な役割を果たし、結果として様々な意味で国益に資することの重要性を強く認識し、この観点を礎として職務に取り組んでいます。法学博士号を取得後も研究者として東大、科学技術振興機構にも籍を置き、厚生労働省や外務省研究班、その他日本の政策方針決定に関わるタスクフォースなどへの参加を含む様々なアクションを通じて、より具体的に日本のアジェンダ設定や交渉等に関わる機会を得て、この実現に努めています。
感染症対応におけるWHOの職務は多岐にわたりますが、例えば、感染症等、問題の発生時に速やかに国際的に通報する枠組みを作り、それに類するアドバイスを行うことも含まれます。また、もちろん現場に入り現地での具体的な支援を行うこともありますし、より長期的な戦略策定の支援を行うこともあります。例えば、発展途上国でワクチン不足にどう対応するかという戦略を考え、検査キットをどう利用普及させるかなどの対応を考えたり、より長期的にヘルスシステムの強化を行うための施策を考えたりすることもあります。なおこういった施策の実行時には、様々な団体との連携が欠かせません。特に、NGO団体やユニセフ等の人道支援団体、あるいは様々な企業と密接に協力し、プログラムを協調の下推進します。

これ以外にも、渡航に関する技術的なアドバイスや、各国の状況の比較から考えられる含意などを共有することも重要な役割です。
私も様々な業務に携わりましたが、現在特に注力しているのは、保健問題に関わる危機が起きた際、他の国連機関や、企業などのプライベートセクターとの連携を含む、スムーズな対応を実現するための体制作りです。特に、安全保障分野とも関係するバイオセキュリティ分野は、世界的な情報収集の能力強化も含めて大幅な改善の余地があると考えられていて、これを推進することが狭義の保健問題にとどまらない大きな意味があると考えて業務を行ってきました。
同時に、先程申し上げたように、現在、感染症対応能力強化の観点から新たな国際条約や資金枠組みなどグローバルな新しい制度の導入が検討されており、これらの分析、そして策定や交渉にも携わっています。また、詳細は割愛いたしますが、新型コロナウィルス対応における政策的なサポートにも従事しました。
研究としては、より広く、ワクチンの開発を推進するための手立てや研究開発投資戦略一般、感染症分野なども含めた非伝統的な安全保障分野を含むインテリジェンス能力強化、経済安全保障一般、一貫した国内での危機対応ガバナンス等について国際的な制度比較を基礎に分析を進めています。
昨今の新型コロナウィルス問題、またウクライナ情勢は、国際的な様々な課題に対して手立てを講ずることの重要性を改めてつきつけています。大規模な国境を越える課題に対してグローバルな枠組みが果たす役割は非常に大きく、これは様々な形で国益にも直結してきます。研究者として幅広く、また中立的・中長期的な視座をもって分析を行うことと、実務においてそれを具体的に制度的枠組みや政策に反映させ、成果を出すことの両輪を重視し、こういったグローバルな枠組みの改善に貢献することで、国際公益と国益双方に資する活動をすることを目標に、研鑽を積んでいます。

グローバルヘルスに関する国際会議にて(Photo credit: Risdon photography)
グローバルヘルスに関する国際会議にて(Photo credit: Risdon photography)

ロータリー財団奨学金に応募したきっかけを教えてください。

私は、学生時代から一貫して保健問題に関心を持ってきました。一方、特に、日常の医療現場での問題意識が必ずしもタイムリーに政策に反映されないケースなどに触れ、制度改革の必要性を感じることがあり、いわゆる自然科学的な側面からだけではなく、法律・制度の面から保健制度を改善することに強いモチベーションを持ってきました。この点、-つまり保健問題に向き合うには医学・保健の知識だけではなく、法律の知識や大切な命を救う最前線の現場、ビジネス、政治分野など様々な専門家目線での知見を統合し、皆で課題に向き合う事が肝要だという点-は、卒業後世界銀行等で業務を行う中でも、より切実に感じられるようになりました。
こういった問題意識の中、より幅広いネットワークや保健分野の専門的な知見、ないし関連シンクタンクでの実務経験を得ることでさらに主体的に国内外の多様な保健課題の解決に携わるため、2018年から19年にハーバード公衆衛生大学院に進学することにしました。
ロータリー財団奨学金に関しましては、元国連難民高等弁務官をつとめられた緒方貞子先生は日本人として二人目の国際親善奨学生でいらっしゃいましたが、多くの素晴らしいリーダーが財団奨学金を受給されてきた大変有名なプログラムに、学部生の時から非常に強い関心を持っておりました。一方、制度について深く調べていく中で、こちらの奨学金が経済的な支援だけではなく、人とのつながりを重んじるものであることをよく理解する機会がありました。先に申し上げましたように、多様な分野のご知見のある方々と関わり、可能であれば協力しながら問題解決をしたいという動機を持っておりました自分にとって、こういった考え方がとても魅力的に感じ、これが応募させていただく直接のきっかけとなりました。
なお、このインタビューを掲載頂いている「ロータリーファミリーボイス」には、私の知人学友のインタビューも掲載されており興味深く読ませていただいておりましたところ、今回インタビューを受けられる事を大変嬉しく思っております。現在ロータリーでは学友会幹事としても活動をいたしておりまして、ロータリアンの皆様が頻繁におっしゃる「恩送り」-受けた恩を、次の世代へと返していく―の精神を少しでも私も形にできるよう努めたく思っています。

世界銀行のチームメンバーと

Rotaryと関わってみて、どのような印象を持ちましたか?

ロータリアンの皆様は、とても面倒見が良く、温かく、細かな気遣いをされる方々が多い、と感じております。社会貢献や若い人の育成について、鋭い目線で情熱を注いでいらっしゃるのがとても印象的でした。
留学先には、スポンサークラブである愛宕ロータリークラブから出張に際してボストンにお立ち寄りいただくこともありました。ハーバードの学生と皆でおいしいお食事とお酒をご馳走になりながら、日本や世界の動向について、あるいは教育、そして社会貢献の在り方についてお話しを伺ったり皆で話し合ったりと大変楽しく充実した時間を持たせていただくこともありました。こちらがお迎えすべき立場なのにすっかり皆で飲みすぎてしまいましたが・・・。
現地ホストクラブのビバリーロータリークラブでも卓話機会をいただき、留学中何度かクラブ訪問をいたしました。ホストクラブは大学院時代私の住むところから多少離れた場所であったこともあり、クラブに私が行くのは大変だからと、先方から家族に会いに行くついでと言って、キャンパスを訪ねてきて下さったこともありました。キャンパスや、ボストン周辺をご案内し、ゆっくりとご家族のお話、ロータリークラブでの友情のお話などを伺いました。今でもその交流はとても心に残っています。
帰国後も、様々な形でロータリーとかかわりを持たせていただいております。例えば、愛宕ロータリークラブでの3回の卓話を含む、様々なクラブでのお話の機会を頂きました。4月には第2750地区ロータリー財団セミナーでも講演の機会を頂戴し、「グローバルガバナンスと日本の役割」と題して、昨今の社会情勢を踏まえた日本の世界における役割と可能性について、簡単ではございますがお話し申し上げました。

ロータリーとの関わりで一番感謝しているのは、重ねてとはなりますが、多様な分野の専門家、色々なご経験を持ち合わせた方々にお会いする機会がある事です。様々な背景を持つ方々が同じ目的に向かって力を合わせ、継続して社会奉仕にあたられ、また親睦を深められているご様子に、ロータリークラブの意義の大きさを改めて感じています。

地区ロータリー財団セミナーにて

これからロータリーのプログラムに関わる後輩たちへメッセージをお願いします。

差し出がましいかもしれませんが、やはり「自分の道は、自分で拓く」という姿勢は、物事を良い方向に変えてくれることが多いように感じています。
可能性がある方ほど色々な選択肢があり、あるいはチャレンジが多く迷われることが多いと思いますが、自分の頭で考え、選択肢を整理して判断し、それを伝えていくというプロセスがあれば、少なくとも自分の決定に責任を持って判断ができるようになると思います。またそういったときに情報を整理し、判断するにあたって、別の視点がないか常に頭の隅に置くというのも有効かもしれません。
インタビューの中で「『お勉強』をやるべきか?」という話がでましたが、自分でやるべきだと思えばやれば良いし、やるべきでないと思えばやる必要がないと思います。重要なのは目的意識や手段としての適合性、それに関わる自分の判断であると考えています。ただ、例えば「お勉強」の知識の習得という面と同時に、学習によるセルフコントロール/マネジメントの体得という側面に光を当てると別の含意が見えてくることもあるかもしれません。

受け身で得られることも少なくありませんが、そこに意志があれば、いろいろなことがより力を得て回りだすのかな、と感じています。後輩の皆様と一緒に、私も頑張りたいと思います。

WHOの同僚らと

将来の夢を教えてください。

広い意味で健康で豊かな生活をより多くの方に基盤として提供することに貢献することが夢です。これは、保健問題に限られず、外交や安全保障、経済、教育、文化、多くの課題が複雑に絡み合い、そして支え合っているものと理解しています。
ウクライナ危機が詳らかにしたのは、「当たり前」と感じがちな日常の不安定性であり、その貴重さでもあったと感じます。保健問題だけに限っても、今日本に住み、社会保障制度の整った国にいる事は誇りに思いますが、それが持続可能なものとなりうるかは、あくまでもこれからの不断の「戦い」の成果に依存しています。
「当たり前」を守り、またその「当たり前」を少しでも良いものに変えていくことを目指して、たとえ少しずつでも皆様の「健康」に資する仕事を、覚悟を持ってやっていきたいと考えています。

米国保健福祉省、米国疾病予防管理センター(CDC)、CNN等からの米国保健政策専門家代表団ご訪問にあたって: (Photo credit: Sasakawa Peace Foundation USA)


 

武見 綾子 Ayako Takemi
世界保健機関(WHO)コンサルタント
東京大学特任研究員/JSTさきがけ研究員

2018-19年度ロータリー財団奨学生
スポンサークラブ:東京愛宕RC

東京大学法学部卒、東京大学法学政治学研究科総合法政専攻修士課程・博士課程修了。博士(法学)。ハーバード大学公衆衛生大学院専門職修士課程修了。米シンクタンク(Center for Global Development)、世界銀行、マッキンゼー&カンパニーを経て世界保健機関勤務。専門は国際行政学、保健政策(大規模感染症対応を含む)、経済安全保障。

インタビュアー:中前 緑(東京米山ロータリーEクラブ2750)
ロータリーファミリー支援委員会 委員長:青柳 薫子(東京広尾RC)
Rotary Family Voice 編集長:根岸 大蔵(東京城西RC)
ロータリー財団奨学金制度とは?
国際ロータリー第2750地区ロータリー奨学生の制度は、グローバル補助金を利用し国際ロータリー第2750地区が独自に募集、選考、派遣を行なうものです。奨学生が海外留学を通じ、国際理解と親善を増進し、その国際経験と視野を持って、ロータリーが掲げる7つの重点分野に必要な知識と学力を身に付け、社会人として成長、貢献をしていくことを目的とします。また、ロータリーのネットワークを十分に活用し、ロータリークラブと地域社会と積極的に交流することによって、派遣国と受入国の間の懸け橋となることを目的とします。
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WHO (世界保健機関)とは?
世界保健機関は1948年に設立され、国連システムの中にあって保健について指示を与え、調整する機関である。WHOは、グローバルな保健問題についてリーダーシップを発揮し、健康に関する研究課題を作成し、規範や基準を設定する。また、証拠に基づく政策選択肢を明確にし、加盟国へ技術的支援を行い、健康志向を監視、評価する。その政策決定機関は世界保健総会で、毎年開かれ、194全加盟国の代表が出席する。執行理事会は保健の分野で技術的に資格のある34人のメンバーで構成される。
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